普通部では、視覚障がいと他の障がいを併せ有する重複障がい児を対象とした、一人ひとりの個性を尊重し、コミュニケーションの力を伸ばす教育、社会的、家庭的な自立をめざした教育に取り組んでいます。さらに重複障がいの生徒に高等部普通科卒業後、3年間教育を学べる専攻科生活科の課程を設置しています。
幼稚部 / 小学部 / 中学部
高等部普通科
高等部専攻科生活科
対象年齢3歳〜21歳
先天性の視覚障がいの方、事故や病気によって人生の途中で視覚障がいになられた方の自立のための職業教育(3年課程)を行っています。少人数制の授業で、細やかな教育実践に取り組んでいます。3年間の学びの後、国家試験の受験資格が得られ、「按摩・マッサージ・指圧師」「はり師」「きゅう師」への道が拓けます。
高等部専攻科保健理療科
高等部専攻科理療科
対象年齢 高校卒業
5月 ローマの信徒への手紙 第10章15節
「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」
【メッセージ】
最初には4つの福音書がおさめられています。「福音」とは、「喜ばしい知らせ」「Good News」です。聖書の言葉は長い年月をかけて、遠い国から私たちに伝えられています。それは、今この時代、日本に暮らす私たちにとっても嬉しいニュースだからです。このニュース(聖書の言葉)を私たちは、礼拝の度に繰り返し聞いています。そして、その喜びをみんなで一緒に味わっているのです。
6月 エフェソの信徒への手紙 第5章1節
「あなたがたは神に愛されている子供です」
【メッセージ】
私たちはみんな、神さまにとって「愛する子供」です。神さまは、私たち以上に私たちのことをよくご存知です。愛の眼差しを注いでくださっています。神さまが自分を愛してくださるのと同じように、私たちはお互いが大切な存在です。
7月 ルカによる福音書 第12章 6節
その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。
【メッセージ】
わたしたちには見分けのつかない沢山いる雀の中の一羽さえ、神さまは目を留めて御覧になっておられます。それどころか、神さまはわたしたちの髪の毛の一本残らずご存じなのです。わたしたちが知らない自分自身のことも神さは誰よりも一番よく知っていてくださいます。
8月 ローマの信徒への手紙 第12章 18節
すべての人と平和に暮らしなさい。
【メッセージ】
うらやんだり、妬んだり、恨んだりすることなく、人見下すことなく、「すべての人と平和に暮らしなさい」と言われています。自分の力では、とても難しいことです。だから、神さまに助けていただくのです。自分の中に渦巻いている思いを全部神さまにお任せしましょう。
9月 詩編 第23章 1節
主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
【メッセージ】
「欠けることがない」ってすごい言葉ですね。完璧、完全無敵ってことなのですから。羊は迷子になりやすい動物です。獣にはかないません。でも、羊飼いがいれば怖いものなんてないのです。イエスさまが、わたしたちの羊飼いです。
10月 サムエル記(上) 第16章 7節
主は心によって見る。
【メッセージ】
わたしたちは目に見てわかる容姿や、肩書に目を奪われて本質を見失ってしまうことがよくあります。でも、神さまは人の見た目や、立派さではなく、心を見ておられます。わたしたちも、神さまの眼差しで隣人を、世界を見つめることができますように。
11月 使徒言行録 第20章 35節
「受けるよりは与える方が幸いである」
【メッセージ】
一般的には、いかに得するか、自分の利益を考えがちです。でも、聖書には、「与える方が幸い」とあります。神さまがいつでも必要を満たしてくださるという信頼があるからです。いつでも神さまが備えていてくださると信頼して、与えることを喜べるなら、わたしたちの心も豊かになります。
12月 ルカによる福音書 第1章 31節
その子をイエスと名付けなさい。
【メッセージ】
イエスという名前は「神は救う」という意味があります。ありきたりで、どこにでもいる名前でした。でも、その誕生も、生まれてきた目的も、誰よりも型破りでした。生涯を通して、命がけで神さまの愛を伝えるために生まれてきたからです。
1月 ペトロの手紙(一) 第4章 10節
賜物を生かして互いに仕えなさい。
【メッセージ】
誰もが、神さまから賜物をいただいています。でも、自分ではなかなかその賜物に気づくことができません。ほかの人の賜物が輝いて見えるからかもしれません。賜物に気づいてください。そして、それを自分のためだけではなく、周りの人のために用いてください。その為に神さまが下さったのですから。
2月 コリントの信徒への手紙(一) 第3章 6節
成長させてくださったのは神です。
【メッセージ】
ある道を「極めよう」と思ったら、その道のプロに師事して教えを乞うものです。「少しでも成長したい」「より優れた存在になりたい」と思うのは当然です。でも、信仰は違います。優れた信仰者という評価は人間からのものです。神さまは優劣をつけることはなさいません。神さまを信じる思いも、そこから来る愛も神さまがわたしたちに与えてくださる恵みなのですから。
3月 コリントの信徒への手紙(一) 第15章 10節
わたしと共にある神の恵みなのです。
【メッセージ】
パウロという人は、彼以外の弟子とは違って直接イエスさまに会ったことはありません。でも、誰よりも喜んで、大胆にイエスさまのことを伝えて、たくさんの教会を建てた人です。けれども、パウロはそれを自分の力ではなく、神さまが下さった恵みだと言います。イエスさまの言葉を、神さまを信じる人にはびっくりするような力が与えられます。